「サーフィン」それは現実からの逃避だった。
 片貝で波乗りを終え、風が東寄りに傾いて、午後は飯岡に向かう細い街道を走る。1981年3月、僕の車の中ではこの曲がかかっていた。真冬とはいえ、閉め切った車の中は、白い日差しとヒーターで、温室のような状態だった。冷えて疲れた体には、その暖かさがなんとも心地よく、まどろみの中で、さまざまな事を考えては消していった。
 早く、濡れたウエットを乾かさなければ・・・一緒に始めた友達は、一人、また一人、乗る波を社会に求め出していった。僕はこんな事をやっていて良いのだろうか・・・それよりも前の軽トラを抜くべきか・・・結局、1時間先の「波」がすべてを打ち消す毎日だった。
 その頃、この曲が何を歌っているのか、そんな事はわからなかった。ただ、自分にはこのメロディとシルキーな歌声がフィットしていました。今になって、この曲の成り立ちを知り、’Sailing’の部分を’Surfing’にするとで誰もが同じ事を考えるものなのだ、あの頃の僕のような若いサーファーにも、ぜひ聴いてほしいなあ・・・なんて思う金曜日なのでした。

—Sailing – Christopher Cross/1980——–
背景(wikiより)
クロスは、インタビューの中で、この曲の着想について、高校時代からの年長の友人であったアル・グラスコック に、十代の頃からティーンエージャーとしての諸々の試練や苦しみから逃れるためだけにセーリングにしばしば連れて行ってもらった経験があったことを語っている。グラスコックは、クロスが感情面で苦しんでいた時期に、兄代わりの存在となっていた。クロスは、グラスコックと長らく連絡が取れなくなっていたが、1995年4月にラジオ番組『The Howard Stern Show』が28年ぶりに二人を再会させた。この番組の中でも、クロスは、グラスコックとのセーリングがこの曲の着想にあることを改めて語った。この再会の後、クロスはグラスコックに、500万枚を売り上げた「セイリング」のプラチナディスクの複製を贈った。

https://www.youtube.com/watch?v=3qUxVkxKkjc