1970 新島カップ争奪戦

 この時、僕はまだ10歳。世の中は万博の岡本太郎の太陽の塔に付いてる変な丸い顔とEXPO’70の桜のマーク、それに黄色いスマイルマーク、そしてピース反戦のマーク、どれも丸いキャラが巷に溢れていました。文具などにもスマイルマークがついていたりしいましたが、僕は「アーム筆入れ派」でした。校内でも「光化学スモッグ注意報」が発令されたり、テレビをつければ「ゲバ」のニュース。若者はオートバイ、夜は賭けマージャン。そんな忙しい世の中でした。

 そんな中、そのどこにも属さないサーフィンはロングからショートへ、アイビーからヒッピーへと細胞分裂を繰り返しながら、今あるサーフィンの元となる「もの」が、何やら漠然とスタートしていたのでした。

流石のこの大手週刊誌も、新しいサーフィンが一体カルチャーなのか、スポーツなのか、あるいはレジャーなのか理解できていないから、なにやら適当で曖昧なキャプションをつけて、面白おかしく編集してしまったのでした。*ちなみに1970年にはサーフィン専門誌は、日本にはありませんでした。

*私の知る限り、それ以前の60’sロングボード時代には、1967年茅ヶ崎の西野氏発行のSurfrider’s Magazineが最初期の専門誌と言えると思います。