
Healthways Surfboard(1963年)
1963年といえば、日本においてDUCKSの太郎さんがサーフボード工場(とはいえまだ露路生産だった)を始めた年であるが、同時に日本では、多様なルートでサーフボードの輸入が模索され始めた時期でもあった。
当時、アメリカのヘルスウェイズ社(カリフォルニアの老舗ダイビング機器メーカーで、後のScuba-Pro)が手掛けたサーフボードの輸入を開始したのが、関西にあるダイビング用品輸入商社だった。従来から同社のダイビングレギュレーター等を扱っていた事に加え、日本国内で高まりつつあった第一次サーフィンブーム(ロングボード)の波を見据えた動きであった。
ヘルスウェイズのサーフボードは、米国において革新的な生産手法と流通ルートを開拓していた。製造は大手フォームメーカーのゼネラル・プラスチックス社がモールド(成形)ボードとして担当し、販売はシアーズをはじめとする大規模量販店が担った。コアなサーファー層向けとは対極にある、安価で量産型の普及ビジネスモデルである。
しかし、大衆向けサーフ消費主義の黎明期を象徴する存在となったヘルスウェイズのサーフボードブランドは、やがて時代の複雑な歩みとともに数年で姿を消し、現在はヴィンテージ・コレクターの記憶と歴史の中にのみその名を留めている。
